湾岸署。
特別捜査本部の室井は、立ちあがろうとして激しい眩暈に襲われた。
目の前が真っ暗になり、身体が傾いだ。

「管理官!」
新しい管理官の真崎が立ちあがった。
捜査員は出払っており、会議室には2人だけだった。
「・・・大丈夫。」
なんとか答えたものの、眩暈についで気分の悪さがこみ上げてきた。
「今日は帰ったほうがいいです。人を呼びますから。」
真崎は携帯で室井を送っていく人を呼び寄せた。
署の待機組に連れられ、車へ向かう室井。
上司に嫌味を言われそうだ。
新しい上司にも、室井は困っていた。
自宅につく頃、具合の悪さもピークにたっし、部屋に入った室井は中央に ドデンと置かれたベッドに座った。
官舎を出て、簡素なワンルームに移ったばかりなのに、なんてことだ。
もそもそとスーツを脱ぎながら、送り届けてくれた男が心配そうに立っているのをボウッと見つめた。
「お大事に。」
そう言うと男は帰っていった。
室井は着替え、眠りについた。

翌日、無理して湾岸署へ行った室井は、上司命令で現場に行くことになった。
上司命令で、鑑識もすでに動いている。
でもどうみても何も見つかりそうにない。
室井はため息をついた。青島がやってきて、大事にかかえていた封筒を 室井に渡した。
「昨日大丈夫でしたか?署で聞いたんですが。」
そんな声を無視して封筒を開けると、中にはお見合い写真が入っていた。
「何だこれ。」
「ウチの上司からです。具合悪くても、彼女にすればこの子が面倒見てくれますよ。」
室井は青島を睨み付けた。
見合い写真を青島に押し付け、いささかだるいのを無視し、青島が何かと声をかけてくるのを聞きながら、現場の鑑識が終わるのを待っていなければならなかった。


上司に呼びつけられて嫌味を言われた後、次の部署に移動する前に覚えろと 渡された書類をバッグに詰め、湾岸署に向かう途中、事件の書類を見ながら、これといって犯人に結びつかない捜査に苛立つ。
捜査員はあてのない聞きこみや、見張りに動いている。
私だけじゃない、私一人じゃない・・。
ジークジークとセミが鳴き出した。


湾岸署は面白いところで、ミーハーな婦警が室井たちを覗きに来る。
台場の種類の多い菓子を持ってくるのも彼女達だった。
薦められるのも慣れてしまった。
「特性オレンジジュースです。」
ストローのさしてあるグラスが置かれ、室井が手を伸ばすと黄色い声が上がった。
自分の顔が困ったようにしかまるのを感じた。
そこへすみれがやってきて、珍しいものを見たと騒がれ、真崎に笑われ・・・。
青島がやってきてまた新しい見合い写真を出すと、室井の周りに人はどっと増え、室井は居たたまれなくなって、渋い顔で出ていってしまった。
気がつくと署の外へ出てしまった。
暑い。
空は青く、どこまでも果てしなく・・・。


「あのー・・・私、吉野小百合と申します。室井管理官、ですよね。」
「何か。」
私服の女性を見て、思わず聞く室井。
その後ろからスリアミが出てくるのを見て、一瞬にして眉間に皺が寄る室井。 「いやいや管理官、まだ署を出られるのは早いと思いますが・・何分捜査が終わってませんから。」
署長が言うと、すかさず、
「暑いですから中にお戻りください。今日は私達から話がありまして・・」
「特捜中になんですが、こういう時でないと出来ない話がありまして。」
副署長と袴田課長で、手をこすり合せて言った。
室井の目が大きくなる。
しかし無言で建物の中へ戻っていった。
「今日の話というのは、こちらの女性でございまして。」
「はじめまして吉野です。」
「お見合い写真は見てもらえましたか?」
署長はすかさず本題に入った。
「結構だ。」
「そうは言わずに、もう年齢的にも、とっくに結婚していてもおかしくないわけでして、私ども迷惑でなければ・・」
「迷惑だ。」
すたすたと言ってしまう室井。スリアミと吉野は、困惑顔で見送った。
「アタックあるのみよ。」
すみれがどこからともなく出てきてそう言った。
「やっぱり私なんか駄目ですよね。」
「弱気は駄目よ。あー、でもいきなりは無理か・・。」
きっと喋らせてみせる、とすみれは心に決めた。


管轄内で起きた殺人事件の目撃情報は、白い乗用車ということしか分からず、 ハッチバック車でもないタイプの車の割り出しに、現場付近を通行する、普段道を使っている人物の割りだしは済んでいるのだが、犯人はどういった人物なのか特定も出来ないまま、現場の再鑑識だけ行われ、殺人であれば怨恨という線から、白い乗用車の持ち主に見張りがつけられている。
押し入り強盗にしては連続しておきず、盗られた金額も少ない。
上から命令が下りれば捜査本部も解散になるが、それまでは・・・・。
具合の悪さがこみ上げてきて、室井は休憩を真崎に告げて、自動販売機に向かった。
カラダバランス飲料のボタンを押し、出てきたボトルを額につける室井。
上着は会議室に置いてあった。長袖の袖をまくる室井。
ネクタイを緩める。
「ふう。」
こんな時に見合いだなんて、ここの署長もどうかしている。
人が殺されてるんだ、早く解決させないと・・!
台場で人が殺されてから、台場から出ていった白い乗用車は、持ち主をマーク済み、台場に潜んでいるとすれば・・・。
これから何事もなく仕事に行き、現場に戻らず、殺害された人物の家族親戚などに接触せず、見つからないなんてことは・・・。
人を殺しておいて、行動の一切がおかしくないなんて、用意周到に計画された 証拠だった。
一人暮しでも、家族と暮らしていても、遊びに行ってくるとさえ言えば、 何も気が付かれない世界。
人を殺しても。
室井はひざの上に手をおき、目をつぶり・・・。
そして意識が遠のいていった。

「室井さん、室井さん。」
目を開けると、すみれと小百合がいた。
「疲れてるみたいね。真崎さんが、食事に出てもいいって言ってたわよ。」
時計を見ると、すでに7時近くになっていた。
あのあと、ずっと真崎に会議室での待機を任せていたのだから、交代しないといけない。
室井は立ちあがり、会議室に向かった。
「食事に出ていいって言ってたわよ!」
すみれと小百合は追いかけた。
室井は早足で会議室にたどり着き、真崎に交代する、と言った。
「室井管理官、先にお食事をとりに行って下さい。」
「ここで食べる。いつも弁当だろう。」
「それがないのよ。だから小百合と行ってきてよ。」
「嫌だ。」
「女性が駄目?キャリアって女に興味がないのかしら。」
「・・・・・。」
「青島君呼びましょうか。彼の前とずいぶん態度違うのよね。」
「・・・そんなことは・・。」
「じゃあ行って来てよ。ほら早く!」
室井はすみれと小百合を交互に見た。
二人とも美人だ。だが、仕事中だ。
「失礼する。」
真崎のためにも、早く食事をしてきて、交代してやるのが勤めだ。
「ああ、いっちゃったね。」
「室井さんは固いからね。」
真崎は片目をつぶって見せた。
「こっちのほうが脈ありね。」
室井のあとで一緒に食事をとる約束を取り付けると、すみれと小百合は 会議室に座り込んだ。
「私達もう交代したのよ。あがりなのよ。」
「そうなんですか。」
「あなたも結婚まだよね。この子か私、どうかしら。」
「考えときますね。」
「署長の推薦よ、この子。41にもなって、ちっとも変わらないんだから、室井さんって。それに一般人じゃなくて警官だから、食事一緒してもいいのよ、別に。」
「でも捜査中ですが・・。」
真崎が苦笑いすると、すみれは、
「私ときどき署長たちとまざって弁当かラーメンするのよ。」
きっぱりと言いきった。

署を出た室井は、ずんずんと歩いていた。休憩中の、ネクタイを緩めて袖をまくった格好のまま、(人一人殺されてるんだぞ)と怒っていた。
彼女達は少し他の警官と変わっている。
青島もそうだが、あの署にいるとそうなるのだろうか。
近くの店に入り、一番早く出てくるものはなにかと聞いてそれを頼むと、 出てくるのももどかしく、さっさと食べてしまった。
気分の悪さもなくなって、すぐに署に帰ると交代で真崎とすみれたちが一緒に 出ていった。
室井は署長に電話をかけ、弁当の手配を忘れるなと忠告を入れた。
少々、真崎は女性と上手くやれる性格だったのかと思ったが、がらんとした 会議室にいるにしたがって、苛立ちがおさまってきた。
別に、女性と付き合わなくてもかまわない。この歳になって・・・・。
すみれがなれなれしく来るだけでも違和感を感じるのに、ほかの婦警だなんて ・・・。
まったく女性となると頭を抱えそうな室井だった。