「警備局のポストが空いたそうです。行きますか?」
新城審議補佐官が室井に言った。
「現場が良い。」
「ではまだ広島にいてください。」
電話はそれだけで切れてしまった。
現場に居たい、それは室井がいつからか抱いていた気持ちだった。
警備局の次は局長とまで言われた室井だったが、結局そうはならなかった。
自分で蹴ったようなものだ。
私も足で捜査するなどと言って動き回ったのだから仕方がない。
こんな事ではいけないと思ってはいても、自分の気持ちがどうにもならない。
息詰まり、胸が苦しくなるようなポストに居ては、また辞表を出してしまいそうだった。
繋がった首。
上の配慮。
誰が辞表を突っ返してくれたものか、わからなかったが、あの上司は受理するともなんとも言わずに受け取ったことは確かだ。
居た人間に渡してしまってきたのだから、よくわからない。
一週間の休暇が、とても久しぶりで休まった。


ルルと携帯が鳴る。
青島だった。
「室井です。」
「室井さん、こんにちわ。今日も一日頑張りましょう。」
「元気だな。」
「はい。今日は事件も小さく、大きなのがあったら県警に呼んでください。」
「そうだな。」
室井との友情も、仕事のこともあってのことか。
「話が通ったらな。」
室井でさえ、話が通らなければ青島は・・。
いや、事件がなければ、室井の命令で動くことなんてない。
「青島。飯食いに行こう。」
「夜にお願いします。」
「わかった。どこか決めておけ。」
「はい。」
弾んだ声。友情とはこんなに気分の良いものか。
顔がにこやかになり、捜査本部の誰もいない会議室も、明るく見えた。


居酒屋で、青島と室井は酒を傾けていた。
「どうして喧嘩するんでしょうね。」
「言い方が悪いからカチンと来るんだ。」
「上司ですか?」
「そうだ。」
「あとしつこいとか、命令口調が嫌だとか、おせっかいが迷惑だとか、苦情処理ですよ、俺。」
「そうか。」
「こないだなんて、騒音の注意と、バイトクビになった人の店に、どうして長く人を使えないのか言いに行ったら、トロイとか、返事がハキハキしてないとか、そんな感じで。14日だけ使えばいいんじゃないですよ。」
「労働基準署行きか?」
「いえ。厳重注意で。笑ってますよ、そういう子が悪いって。」
「うん・・・・。」
「コンビニだって、普通の声でいいって言ってるんですよ。それなのに、モチベーションが下がったとかって言って切ったと。ほかにも更衣室の服に嫌がらせして切ったとか。それでいて店舗増やしてるとむかつくんですよ。」
「そうなのか。」
辞表のことは青島は知らない。移動になっただけと思っている。
自分もそうなっていたのか。命令口調の染み付いた自分。
働きに出たことなどない自分。
「みんな一ヶ月から半年で切ってますよ。辞表なんて出せないですね。
でも、怪我のあと仕事なかったの辛かったな・・・。」
「もう痛まないんだろ。」
「ええ。」
つまみを食べながら、青島は腰を振り返った。
「足引きずったから必死でリハビリを・・・走れるようにするのだって苦労です。」
「私はもうなにもできない。柔道もだ。」
「そうなんだ。キャリアの経歴は嘘、ですか?」
「勉強ばかりだ。でも子供の頃は柔道を。」
「そうですよね。なんど聞いても、勉強と柔道ができるって、羨ましくて。」
「はあ・・・・君の青山大卒だってほとんどの人が出来ないんだ。それに脱サラして警官になんて、ましてやなれない。事件も解決してるなんて、一般の人には信じられない。」
「仲間とやってますから・・。」
「私だって・・・受かると信じて勉強した。辛い時もあった。」
「入る人ですよ、俺達。頭にね。」
酒が終わると店を出た。明日も仕事だった。
「また軽くやりましょう。」
青島は寮に帰っていった。室井もタクシーで部屋に帰った。